「サラバ 涙」
昭和20年9月
のぶは、子どもたちに、「先生は、みんなに、まちごうたことを教えていました。ごめんなさい。」と謝ります。
昔、亡き父が、終戦時、校長先生が、皆に謝ったという話を聞いたことがあります。
多くの教師が、同じ想いになったことだろうと思います。
黒井先生、戦後、どうしたのでしょうか?
昭和21年1月
のぶは、戦災孤児たちに、買った芋をとられます。
戦災孤児、全国に何人いたのでしょうね。
親を亡くして、どうやって生き続けていったのか。
GHQの指示で、教科書の墨塗。
次郎の病気は、よくなりませんでした。
羽多子によると、薬不足で、満足な治療が受けられないとか。
次郎の好きな里芋の煮っ転がしをつくってもっていくのぶ。
う~ん、栄養学的には、芋の煮っ転がしでは、元気にならないような気もします。気は心ということでしょうか。
のぶは、教師をやめたことを次郎に知らせます。
☆今回のアンパンチ
自責の念にかられるのぶに、「やっと終わったがやき、これからの話をせんかえ。」
次郎は、いい人ですね。
次郎は、速記を書いています。
のぶに、何かを伝えようとしているのか。
そして、のぶに、次郎が危篤という電報が届きます。
次郎は、亡くなってしまうのでしょう。
戦争でなくても、病気で、治療のための薬がなく、亡くなる人たちも、大勢いたのでしょうね。
平和な日本に生まれて良かったと思います。一方で、世界では戦争が起こっている、なんとかならないものでしょうか。
※次回への期待度○○○○○○○(7点)